Z会中学受験コースで、淡々と(時には渋々と)画面に向き合っていたあの日々。
移動時間がなくて、家庭ごとのタイムスケジュールに合わせて学習ができる方法は、わが家にとって一つの正解だったと思っています。
しかし、それが難しいと感じ、塾(日能研)を検討することになった第二子。
その選択は合っているのか。
最終的な答え合わせはもっと先になるのだろうけれど、「ねえ聞いて!今日の社会がさ…!」と、早口で授業の様子を報告してくれる子供の姿を見て、現時点では良かったのではと感じています。
画面越しには決して起きなかった「笑い」と、予定調和ではない「発見」。
今回は、日能研に通い始めて約1か月、子供が授業でどんな「おもしろさ」を収穫してきたのか、生の授業だからこそ得られたメリットをお伝えします。
「盛り上がり」の質が違う?塾での心地よい熱気
塾の帰り道、今日の授業はこうだったああだったと話す子供。
盛り上がっていることが多いようなのですが、そこでふと疑問が浮かびました。
子供は以前、学校の授業について「周りが騒がしい人いて、ちょっと困る(嫌だな)…」と、少しネガティブに話していたことがあったからです。
塾のガヤガヤは、活発な意見交換
子供の言葉を要約すると、
塾での盛り上がりは「私語(おしゃべり)」ではない。
もちろん、先生の冗談にみんなで爆笑したり、誰かが少しふざけた意見をして脱線したりすることはある。
でも、その中心には必ず「授業のテーマ」がある。
だそうです。
先生が投げかけた問いに対して、「あ、わかった!」「えー、それは違うよ!」「じゃあこれは?」と、クラス全体で意見をぶつけ合っている状態。
それは、学びを止める「騒音」ではなく、授業の活性化に繋がるもの。子供にも良い刺激となっているようです。
子供の大ファンは「社会」(ダークホース!)知識が「笑い」に変わる瞬間
どの授業もそれぞれ特徴があるようですが、初回授業から毎回楽しみにしているのは「社会」。
それまで特別興味ももたなかった教科だっただけに、意外でした。
初日の授業に社会があったのですが、緊張した面持ちで入室していった子供。
しかし、授業後に教室から出てきたときには、見違えるほどテンションが高くニコニコしていたのを覚えています。
「先生がおもしろい!だから、授業もおもしろい」
先日も社会の授業があったのですが、塾の帰り道、ずっとその日の授業の話をしていました。
先生がね、ある質問をして『これ、どっちだと思う?』ってみんなに聞いたの。
クラスのみんなで『こっちだー!』『いや、絶対こっち!』って自信満々に手を挙げたんだけど…
みんなで『えええーっ!』って大爆笑したー!
社会の先生はとくに盛り上げ方が上手いようで、まだ数回しか授業を受けていませんが、毎回大人気の授業のようです。
先生の質問も話はすべて授業に関係あることなので、面白かったことと連動して、子供たちは自然と記憶しているのかもしれません。
予定調和ではないからこそ、記憶に残る
ただ知識を教わるだけなら、テキストを読んだり映像授業を見たりするだけでも十分。
しかし、こうした「みんなで予想して、あえて裏切られて、驚く」というライブ感は、集団塾でしか味わえない醍醐味であると感じます。
先日も代表的な活火山を習ったときに、笑い混じりにゴロを伝えて教えてくれたそうです。
先生のユニークな語り口で聞くと、スッと頭に入ってきたようで、授業終えてまだ興奮冷めやらない中、楽しかった学習内容をずっと話してくれていました。
「算数」は2コマ連続が辛い!でも、クラスメイトの意見が楽しい
社会や理科のワクワク感に比べると、算数はやはり「修行」の側面が強いようです。
とくに算数がある日は、「算数かー…」とボヤキに近いつぶやきをしてしまうほど。
その理由のひとつが、2コマ連続授業です。
算数は集中力が途切れそうになる瞬間もあるようですが、そこを繋ぎ止めているのもまた「クラスメイト」の存在でした。
算数の授業。周りの子の思いもよらない答えが楽しい
算数がある日は、授業の様子よりも、なにを習ったかを話すことが多い子供。
決してつまらないわけではないのですが、やはり社会や理科に比べると、国語や算数は授業の盛り上がりがすこし抑えめなのかもしれません。
理科や社会は、毎週交代1コマずつなので、頻度から考えてみても、まずは苦手意識をもたないような基盤作りをしているのかもしれませんね。
国語や算数は理科や社会と比べて、教え方に差があるのも、そうしたことが起因しているのかも(予測)
しかし、そんな算数でもみんなが意見を出す場面もあるようです。
たとえば、先生がとある数字に対して、それが解だとする計算式はどんなものがあるか聞いてきた時、
そういう考えもあるんだ!って、驚いたし面白かったの
「くやしい!」という思いよりも、「すごい!」「なるほど!」と新たな発見を知った楽しさや喜びのほうが大きかったようです。
自分一人の思考の殻を破る、対面授業の醍醐味
一人で画面に向き合うZ会では、解説は「一つ(もしくは別解一つ)」という完成された形で提示されます。
また、解けない問題があると「わからない、もう嫌だ」とそこで思考が止まってしまうこともありました。
しかし今は、わからないなりにクラス全体の「あーでもない、こーでもない」という渦に身を置いています。
ときには自分が思いもしなかった正解を導き出したり、逆に自分では勘違いしなかったような誤った意見を聞いたり。
正誤どちらであっても、「そういう考えもあるのか」という機会に触れることは、思考をより広げるチャンスでもあり、対面&集団塾だからこそ味わえるメリットなのだと感じました。
子供たち、それぞれの「合う形」を再確認
こうして下の子が塾の熱気に当てられている姿を見ると、改めて「子供によって合う形は違うんだな」と実感します。
Z会で自分のペースを守り、着実に進む上の子のスタイルも一つの選択だと思う一方で、だれかの熱量や反応があってエンジンがかかる下の子には、こうした場所が必要だったのかもしれません。
ちなみに、上の子も当初塾に対しては「夜にわざわざ出かけるなんて大変そう」「勉強詰めにならない?」と、少しネガティブなイメージを持っていたようです。
しかし、帰宅した下の子が「ねえ聞いて!」と楽しそうに授業の話をする様子を見て、「塾って意外と楽しいところなんだね。良かったね!」と、驚きつつもポジティブな感想を漏らすようになりました。
家族の中で「塾」という存在が、少しだけ身近で明るいものに変わった瞬間だと感じます。
1か月。まだ先はわからない。
けれど、帰り道の「おみやげ話」を楽しみに。
こうして振り返ってみると、この1か月で子供が塾から持ち帰ってきたものは、単なる「知識」だけではありませんでした。
私自身、実体験としての塾の影響か、どこか構えていた部分があったのですが、それが良い意味で覆されたと感じています。
塾は毎回送迎しています。
塾からの帰り道、重いNバッグを背負って早口でその日の出来事や何気ないことを話してくれる子供。
一人で帰れる距離ではあるけれど、家までの数十分を私自身楽しみにしています。
- 一生懸命練習した漢字テストで満点取れずに涙ぐんで、それを伝えてきたこと
(練習時は半分もできなかったんだから、1問ミスですごい進歩!次回…というか、本番に書ければOK、OK!) - 前回のテストで褒められたこと
(照れちゃうけれど、嬉しいよね!) - ほかの子の意見で、先生が面白く反応して笑っちゃったこと
(それは笑っちゃうよねー!ちなみに答えはなんだったの?あー、なるほどー) - 強風に煽られながら、この風どっちだとか言い合ったこと
(あっちが北でこっちが南だから…え?南南西とか知ってるの?やるじゃん!ところでなんでこんな強風なんだろうね?気圧とか習ったら教えてー)
途中遭遇した強風や夜空、お店のタイムセール(何時閉店だから、売り切るのって何時にどのくらいにするといいんだろうね)など、目についたものも話題にしながら、これもいつか良い思い出になるのかなと思いながら帰宅しています。
もちろん、これからさらに内容が難しくなったり、もっと危機感をもたないといけなかったりして、今回のような「笑い」や「ゆとり」ではすまない日も来るのでしょう。
でも、この1か月で手に入れた「学ぶことは、誰かと分かち合うと面白い」「塾は嫌なところじゃない」という感覚。
たとえ今だけであったとしても、この初期衝動を、親として大切に見守っていきたいと思っています。
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