4月、学校では新学期が始まりました。
子供たちが通う小学校は、比較的中学受験を視野に入れる層が多いのか、中学年・高学年ともなると半数近くが塾に通っている気がします。
そんな中、わが家の上の子は中学受験はしないという決断をして、塾には通わずZ会などでマイペースに家庭学習を続けているのですが、最近、学校から帰るなり少し複雑な表情…。
受験塾の場合、基本学校の先取り学習をしているところがほとんど。そして、その弊害が学校の教室内で出ているようです。
聞くと「あぁ、ありそう。というか、今までなかったことのほうが不思議なくらいなんだけど」と、誰もが想像つきそうなこと。
しかし、大人はわかっていても当事者である子供たちはストレスが溜まることだと思います。
今回はそんな出来事を、上の子の体験談(実際とやや内容を変えたもの)と共にお伝えします。
「答えの先回り」という独り言。周りが感じる「出、出(出たー)…!」の空気
具体的に何があったのかを上の子に聞くと、授業中(特に算数)に、ある特定の子がボソボソと「独り言」を呟くのが気になって仕方がないとのこと。
先生がみんなに問いかけ、クラス全体が「えーっと、これはどうなるかな?」と知恵を絞っている絶妙なタイミングで、
「あー、これ◯◯でしょ」
「あ、そのパターンは△△だよ」
聞こえるか聞こえないか、しかし1~2席の四方八方には届く声が耳に入ります。
大人なら「あぁ、塾で先に習ったんだな」と流せますが、一緒に考えている子供たちからすれば、まさにストレスの元。
それが考えた結果、呟いた言葉であったり、たまにであればまだいいのですが、ほぼ毎回、「既知」とばかりにすぐ言われる状況は、尊敬とは真逆の感情を持つだけになっています。
しかし、周囲にとっては「また出たよ…」という冷ややかな視線を浴びる結果になりそう…
さらなる摩擦?「自分だけ難しい表現にしたい」欲求
ついには、班の話し合いで意見がまとまった後、「やっぱり自分だけ、この表現(学校では習わない難しい単語)に変えていい?」と言い出し、周囲のイライラが爆発。
と、ついに悪口の共有化のような状態にまで発展してしまったようです。
日能研の「予習NG」は、こうした事態を防ぐためでもある?
この話を聞きながら、私の頭の片隅に浮かんだのは、日能研の「予習はしないでください」という教えでした。
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以前の記事で、私はこの言葉を「授業でのアハ体験を最大化するため」と解釈しました。
でも、今回の上の子の話を聞いて、「教室内の調和」を守るという側面もあったのではと感じました。
時と場合によっては、予習は大切であり、知識を出すことは周りの助けと尊敬にも繋がるかもしれません。
しかし、そのタイミングと出し方を誤った場合、誰かの「驚き」と「発見」を奪ってしまう行動であり、知識の先取りを他者への優越感に変換してしまうだけの行動に繋がるのではないか。そう思います。
先取りマウントは、その一番楽しい部分を台無しにしてしまう行為なんですよね
無自覚な「知ったか」発言が招くリスク。
子供をトラブルの当事者にしないために
塾に通い、一生懸命勉強している子供たちに悪気はないはずです。
「頑張っている成果を誰かに認められたい」「知っている自分をカッコいいと思いたい」という、純粋な承認欲求は誰にでもあるものだと思います。
でも、今回のようなことが続けば、知らずにその子はネガティブな意味で「周りから距離を置かれる存在」になってしまいます。
- 知識の「種まき」をしておくことは良いことだと思っていましたが、それを出す場所とタイミングを間違えてはいけない
- 学校は自分の知識を披露する場所ではない
- 意見を求められているところで答えを出すことは、周りが求めていることかを考えなくてはならない
- 先取りをすることは優越感を持つためではない
子供たちには、こうしたことをソフトに少しずつ伝えていこうと思います。
誰のための「知識」か。誰に向けた「知識」かを考える
結局、今回の件でイライラを爆発させていた上の子には、「それは確かに集中できないし、嫌だったね」とまずは共感して受け止めました。
上の子のストレスはもっともです
悪くないんだけど…無自覚なんだよね…。気付いてー…
今後こうした事態はより増えていくと感じます。
先取り学習だけでなく、塾に行っている・行っていない、どこの塾、成績や偏差値は、進路は、と子供たちのなかでもマウント合戦が出てくるのかもしれません。
人は人、自分は自分。
先取り学習もそこで得た知識も成績も。
人に見せるためのものではなく、自分を高めるためのものとして。
武器ではなく道具として取り入れてほしいなと感じました。